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コナマフ
ティーンの頃、初めてタトゥーを入れる話。
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落ち葉を蹴りながら歩く様子が子供っぽくて笑ってしまった。
「どうした?なんか気に食わねえ事でもあんのか?」
ぐしゃり、卵の殻を割り損ねたみたいな音を立てて茶色くなった街路樹の葉を潰し、口を尖らせてマーフィーが言う。
「秋って嫌いだ」
「どうして」
また笑って言った。実りの秋だというのに。向かいの道にある屋台から焼き栗の焦げた香りが漂ってきて鼻と胃袋をくすぐる。
「ぜんぶふるい落としていやらしい。過去を捨てるなんてできやしないのにきたならしい。」
墨色のブーツの踵を茶色の絨毯に埋めてどんどん歩く。
コナーはマーフィーが転びやしないかと心配したが、もうアリを踏み潰さないようにそっと歩いていた弟ではないことを思い出して狼狽えた。小さなマーフ!
「ついこの前は夏が嫌いだって言ってたじゃねえか」
「ああ、嫌味ったらしく生命力を誇示する季節だから。暑苦しい」
マーフィーは口を尖らせて歩き続けている。俺たちのまわりは今、いやなものだけでできている、コナーは思った。
学校、勉強、友達、家族。好きだけど嫌いなもの。
生まれた時からいない親父の事をコナーは思った。何も持たないとはどんな感覚なのだろう。
そんな臆病な考えはおくびにも出さず、季節の話を続ける。マーフィーは俺が親父の事を考えていると怒る。
「春は」
「最低だ」
ざっ、というはでな音をたてて絨毯を蹴り上げた。
「浮かれやがって。春なんか、何があるっていうんだよ?」
「アー、いいじゃねえか花は咲くし風は気持ち良いし。」
まるで思ってやしないけれど言ってみる。なぜかあのスイートな子鹿が跳ね回っている情景までうかんでくる。
は、鼻で笑われてしまった。
「冬もきらい。輝く雪でなんでも隠せばいいとおもってる」
ワーズワースの詞を読むときと同じ調子で言ったマーフィーに、コナーは暖かい気持ちを感じた。たぶん愛情だろう。なぜだかは分からない。
今の調子で国語の授業でもやればミセス・キーツが聞けば涙を流して喜ぶだろう。
でも残念ながら彼女は詩を読むのに素敵な声のマーフィーには会えない。これは俺に対して不満がある時の調子だから。彼女が会えるのは寝起きの不機嫌な唸り声。
「嫌いなものばっかじゃねえか」
「一番きらいなのはコナー」
振り返りもせずに言い切ったマーフィーを抱き締める。踏みしめた葉のがさがさという音がいやに耳についた。これも命の音のひとつなのだろうか。魂の抜け殻。
「うそだね」
マーお手製のマフラーに顔を埋めて耳元で言うと、マーフィーは歩くのを止めた。
「兄貴面しておれになんの相談もないコナーはきらい」
指の正義の文字に視線を感じ、きまりが悪くなって右の親指で少し擦る。落ち葉は確実に俺たちの周りに積もってゆく。
「おまえだって結局いれたじゃねえか」
「ふん」
俺の腕からすりぬけて歩きだすマーフィーは猫みたいだ。
「拗ねてんのか?」
「知らねえ」
追い掛けて隣に並ぶ。頭に付いた葉の欠片を取ってやって笑う。
「拗ねんなよ。」
「拗ねてねえよ」
「次は同じやついれるか」
「 ‥‥ 」
「何がいいかなー」
「‥‥マリア」
聖母マリア。
マーが一番好きなシンボルだ。
大昔はタトゥーは通過儀礼の一つだったそうだ。ならこれは。
所属を表すものでもある。ならこれは。
腕を防寒着でもこもこのマーフィーにまわす。
恵みあふれる聖マリア、
主はあなたとともにおられます。
主はあなたを選び……
「マザコン」
「うっせ」
「首んとこにいれるかー」
「マザコン」
「はん」
マーフィーが幸せそうに笑うので、俺が勝手にタトゥーに込めたばかばかしい、
切実な思いは黙っておこうと思う。


恵みあふれる聖マリア、主はあなたとともにおられます。
主はあなたを選び、祝福し、
あなたの子イエスも祝福されました。
神の母聖マリア、罪深い私たち、特に私の弟のために、
今も、死を迎える時も祈ってください。
アーメン。

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