前回のセト×シュウ(アーロン)よりも少し前のお話。

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──全く、手酷く抱いて傷つけてからここに連れてくるくらいなら最初から優しく抱けばいいのに、おかしなものだ。思わず笑みが溢れた。そうしてからあらゆるものを元に戻す原初の水で造られた湯が満ちたそこに入る。少し傷に滲みたがその淡い痛みが薄れると同時に傷も癒えてゆく。
ここからでもセトが最悪の悪魔と闘っているのが能く見える。私の権能で与えた漆黒を金で縁取った翼を閃かせながら闘うさまに見惚れてしまう。と、彼が振りかぶった槍を打ち降ろすと同時にアポピスの鋭い牙がセトの胸を裂く。
「セト!!」
殆ど悲鳴のような声を上げながら手早く薄布を身体に巻きつけ船首へ駆ける。
「……奴は」
「大丈夫、逃げ帰ったよ」
「そうか」
見れば左肩から真横に切り裂かれている。傷は深い。
「風呂まで頑張ってくれよ、もう少しだ」
低く呻くセトを支えなんとか歩いてゆく。自分より大柄で鍛え上げられているものだから骨が折れる。私ももう少し鍛えたほうがいいな、などと軽口を叩けばセトは吐息だけで笑った。
酷く深い傷を負ったセトを後ろから抱きしめ支えながら沐浴させる。そのきらめく原初の水をも覆い隠す程に傷跡から流れ出ていた黄金が少しずつ薄らいできて、小さく安堵の吐息がこぼれた。
「泣くな。お前が泣くと……困る」
「ふふ、いつも泣かせてばかりのくせに」
痛みも引いてきたのか、顰められた眉が解けだしたセトはその眼をゆっくりと開いて呟くように語りだした。
「戴冠式にいなかった総ての神共を呼びつけた時、お前だけは直ぐに殺そうと思っていた」
「……でもそうしなかったね」
「怯えきったあれらと違って暢気に笑って膝をついたお前を見て、浮ついた気持ちになったおのれを殺すのに精一杯だった。……千年も放って置かれたのにな」
そう、時間の流れに疎い旧い神とはいえ、彼を独りにしたのは酷すぎた。ただ成長を見守っていたのでは足りなかった。砂漠で涙を堪え、それでも一面の砂を睨みつけ立っていた幼いセトの姿が蘇る。
「父の王宮から砂漠に捨て置かれた俺をわざわざ構いに来るのはお前ぐらいだった……妙に兄貴面をするかとと思えば母親のように子供扱いをするし、うっとおしいばかりだったが本心は、ハッ。嬉しかったんだろうな、俺は。それがぱったりと訪れなくなったから俺は見捨てられたのだ、絶対に赦すまい。そう思っていたのにな。愚かなものだ」
そう吐き捨てたセトの空虚な眼を手のひらで覆う。そんな眼を二度とさせないように、癒やすように、私以外から隠すように。
「どうしてまた俺の前に姿を見せた?再び見捨てるためか。それが罰だとでもいうのか。それ程までに俺の罪は重いのか」
「……そうだよ。でも君がこれを続ける限り、私はずっと傍にいる」
これは呪いだ。この壮麗で空虚な淋しい船で、毎夜悪魔と闘い続けるという君が何より厭った過酷な運命に従う限り、何よりも欲しかったものを得られる。そう私が君にかけた小賢しい呪い。すべてを手に入れ、そして失った哀れな君を縛るもの。何より強力で古い呪い。そんなものに頼ってでも、私はもう二度と君を失わないと決めたのだ。
呪いが解けた時、そんなものに縋ってまで君の傍らに立っていたいだけという私の醜い愛を知った時、君はどうするのだろうか。
 まだ呪いは有効だ。少なくとも、明日君が目覚めるまでは。

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