おばあちゃん捏造してます。
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わたしはアイルランドの女だもの、それが祖母の口癖だった。いつも故郷をエメラルドの島と呼び、きまって望郷の色で目を輝かせた。お前たちにはアイルランドの血が流れているとも言った。

ここではなんだってできる、母はいつもそう言った。アメリカ人よりもアメリカ人らしくあろうとする彼女が根を下ろすのに選んだのはもっともアメリカらしい街だ。俺たちはそこで育った。

母は男を追いかけて海を渡った。それが俺たちの父親で、その時母は俺たちを妊娠していたので祖母もついてきた。女の人二人でしかも片方は妊婦だなんて、よくやるなあと今でも思う。
このからだには祖母と同じ血が流れている。けれどそのアイルランドを一度も見たことはないのだ。かといって母の愛するこの国には馴染めないところもある。
ほとんど逃げるようにしながらも御国を実現するために働くのは、帰る場所がほしいからかもしれない。湯船にうかんだ泡を見ながらぼんやりと考えを巡らせる。白い泡はタイルやバスタブの影響で薄ピンクに見える。泡の隙間に海を思う。
船縁に掛けた手を見る。
ひとごろしの手。いくつかのささやかなステップをふみ、最後に引き金をひくだけでいともかんたんに命のほのおは消えさる。かえり血を浴びることすらほとんどなくなった。それでもコナーはマーフィーの両手をすみずみまで洗う。
手のひら、指のあいだ、爪のすきま、手のくぼみから手首までやわらかい泡でつつむように洗う。
マーフィーはおもはゆいのとすこし、せつないきもちになるのでいつも制止しようと試みるのだが、あまりにもコナーは真剣なのでついにはうやむやにしてしまう。
贖罪のつもりなのだろうか、それとも贄のひつじを手入れするのとおなじつもりなだろうか、マーフィーにはわからない。むかしからコナーの考えていることはわからなかった。祈りだろうか。虫のいい。神の名の下だろうがなんだろうが、ひとをころしている、その事実はかわらない。マーフィーはいつもそう思う。
いつまで続ければ、コナーがいつか父に投げかけた言葉だ(問われた本人はまた姿を消した。きっと標的をみつけたら帰ってくるのだろう)。答えはまだみつからない。

デラシネ、根無し草。帰る場所のない俺たちは、どこへ。

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