リクのじぇりあろおねショタえっち……になってるかな?
ジェリーCEO×アーロンカフェ店長の話。
−−−−−−−−−−−−−−
「ジェニファー、ティムはどうした?」
「車に凍ったリスがぶつかったから遅刻するって」
「はぁ?」
「冗談、子供さんが病気だから病院寄ってから出勤でジュリアは産休、ジョーイは用事で社外に。だから新入りくんを使って。いい子よ?ロバート!こっちに」
Bloody hell, そうよろしくない言葉で小さく悪態をつくとジェリーはにこやかに振り向くと目を輝かせた新人と握手をした。
「よろしくな、ロバート」
「はい!社長、よろしくお願いします!」
緊張感しているのか興奮しているのか妙に元気いっぱいな様子にジェリーは苦笑する。
「社長、コーヒーをどうぞ!」
「ああ、ありがとう」
一口飲んで吹き出しそうになった。砂糖はおそらく3つで甘すぎ、牛乳はノンファットで味気がない。ジェリーが好むのはエクストラショット、低脂肪ミルクのカプチーノだ。しかも隣のチェーン店のやつだ。
「ロバート、ジェニファーと今日の予定を再確認しててくれ」
「あ、ハイ!」
もうやったんだけどな、ロバートはそういう顔をしているが無視して急いでエレベーターに乗った。早くいつものコーヒーが飲みたい。一口飲んだだけのコーヒーはすれ違いざまの誰かに押し付けた。
社の隣にあるコーヒーショップに何年かぶりに入ると、レジにいる店員に目を惹かれた。いや、正確に言うと目を奪われた。そこだけ雲が割れ天上の光が差し込んだかのように輝いていたのだ。その麗しの君はジェリーに微笑みかけ、柔らかな声で言った。
「いらっしゃいませ」
教会のカリヨンが祝福の音を響かせたようだった。ジェリーはあまりの衝撃でふらつきながら彼のレジへと吸い寄せられた。
「あー……、ええっと、グランデでショット追加のカプチーノ、2%ミルクで」
「ありがとうございます、お名前は?」
「ジェリーだ」
「OK、ジェリー。4.55ドルです」
「ああ、カードで」
「こちらに」
そう差し出された機械に差し込むべくカードケースから一枚抜き出す。
「わ」
「 何か?」
天使のような愛らしく小さい声を漏らした彼、ーー名札によればアーロン(なんと美しい名前!)ーーに尋ねると、彼は恥ずかしそうに笑って言う。
「いえ、あの、ブラックカードを見るのは初めてで……。すみません」
そう非礼を詫びると、アーロンは頬を少し染めはにかんだ。
かわいい。はちゃめちゃにかわいい。
自分と同年代の男に抱く感情ではないような気もするが、とにかくアーロンは少なくともジェリーの目にはかわいらしく映った。いや、かわいくないと言う人間がいたら世界で数本の指に入る優秀な脳外科医を紹介するところだ。コーヒーの紙カップに書かれた自分の名前とスマイルマークに踊りださんばかりにジェラルドは浮かれて店を後にした。人生で一番美味しいコーヒーだった。
「ジェリー!」
「どうした、ジェニファー」
「緊急、カード会社から。不正使用の可能性だって」
「何?ありがとう」
形のよい眉を顰めた秘書長から電話を受け取る。
「バトラーだ」
「いつもお世話になっております、担当のキース・ウィリアムズです。早速ですがお客様のカードからここ数日少額のお取引が見られまして、緊急にカードを停止しております。何か心当たりはございますか?」
少額の取引。しばらく考え込んだジェリーだったが、手元のコーヒーを見て気がついた。
「金額は全部4.55ドルか?」
「そうです」
「ああ、なら全て私が使ったものだ」
「佐用ですか、了解いたしました。ではカードのご利用の再開でよろしいでしょうか」
「頼むよ。迷惑をかけたね」
「いえとんでもございません。少々手続きにお時間いただきますが、早急にご利用を再開させていただきます」
「ありがとう、では失礼」
「お時間いただきありがとうございました。失礼いたします」
電話を切ってジェリーは思わず目を覆って笑いだしてしまった。その様子を見てジェニファーは訝しげに尋ねた。
「なんだったの?」
「いや、ここ最近コーヒーを自分で買ってただろ?それが安すぎてカードを止められた」
はは、と思わず声を上げて笑うジェリーに彼女は呆れた顔をした。
「まさかブラックカードで買ってたの?信じられない!」
「小銭が無くて」
「じゃ、次は秘書に買わせるかプリペイドカードを買うのね。あなたみたいなおかしな人間のために450ドルぐらいの特別なカードがあるはず」
言外に馬鹿ね、と込めてジェニファーが言う。苦笑してみせるが、彼女のそういうところが気に入っている。
「じゃあ今日のディナーで店に行って買うよ」
「あきれた、誰目当てなんだか。まあいいけど。20時のフライトには絶対に間に合うようにね!」
「OK」
そんなことをやり取りしていると、ジェリーのオーデマ・ピゲ ロイヤルオーク クロノグラフが18時36分を告げた。飛び出すようにしてアーロンのいるコーヒーショップに向かう。彼のタイムシフトはほぼ完璧に記憶している。さっきのカードの話をしたらきっとアーロンはおかしがってくれるに違いない。
「やあ」
「いらっしゃいませ。いつもの?」
「うん、それとおすすめのサンドイッチを頼むよ」
「じゃあ始まったばっかりのこれを食べてみて。美味しいよ!ここで食べる?持ち帰り?」
「ここで」
今朝ぶりに会うが夜もアーロンはかわいい。君と一緒にそのホリデーチキンサンドでデートしたいと言うのを抑えただけで褒められてもいいと思う。
「そうだ、プリペイドカード?を買いたいんだが……実はカードを止められてて」
え、といった顔をするアーロンにキスをしたい衝動を押し殺しジェリーはクールに笑ってみせて言う。
「毎日数ドルずつ引かれていくから不審に思ったらしい。ここで買い物をしただけなのにね」
そう言ってチャーミングだと評判の下手くそなウィンクをしてみせる。
「本当に?ジョークみたいだ」
思ったとおりアーロンはクスクス笑ってくれた。それから思い出したように言う。
「そうだ、うちにもブラックカードがあるんだよ。それにする?」
珍しいんだ、限定でね。そう言ってカリフォルニアの太陽みたいに笑うアーロンに、ジェリーが嫌と言う筈も無かった。目的とは違うものだが、彼のためなら何枚でもカードを止められても構わなかった。
「そうだ、このカードは海外でも使える?これから中国に出張で」
アーロンの柔らかそうな金の砂色をした髪と同じ色の眉がへにゃりと下がる。彼にそんな顔をさせたい筈も無く、ジェリーは慌ててしまう。
「ごめんね、アメリカとカナダだけなんだ。あとは現地で別にカードを買ってもらうしかなくて」
「全然構わない、君が謝らなくていい……じゃあこのカードは君にだけ使うよ」
本心からの言葉だったが、アーロンはジョークだと思ったのか吹き出してしまった。しかしそれで彼に笑顔が戻ったので全く構わなかった。温まったサンドイッチとコーヒーを差し出してアーロンが微笑む。
「ごゆっくりどうぞ」
この笑顔を守るためなら何でもする、そうサンドイッチと共に噛み締めるジェリーであった。
そんな日が続いたある日、よくない噂がジェリーの耳に入った。
「隣のビル、いよいよヤバいらしいですよ」
「何だって?」
「どうも立ち行かなくって閉めるかも知れないそうです」
そんな、ジェリーは愕然とした。隣のビルが閉まるということはアーロンのコーヒーショップも出ていかざるを得ないということで、もう彼に会えなくなるかもしれないのだ。由々しき事態だった。
「ティム、あのビルを買うぞ。向こうの言い値で構わない。今すぐアポを取ってきてくれ」
「へ?あ、分かりました」
汲々としていたらしい隣のビルのオーナーは一も二もなく承諾し、その日の内にジェリーはアーロンの店の大家となった。突然の買収に社内では社長がいくつかある店の中でどの店員目当てなのか賭けが行われている様だったが、どうでも良かった。
その翌週、ジェリーの最も苦手とする相手との会議を済ませ這々の体で社長室に戻り、気晴らしのコーヒーをロバートが持ってきた。いや、正確に言うとロバートでなかったし、社員でもなかった。コーヒーもいつものでなく、ジノリのカップに入っているミーレのコーヒーだった。
「アーロン!どうして?」
いつも涼やかな美しい眼を気まずそうに外に向けアーロンは言う。
「君に聞きたいことがあって、無理言って入れて貰ったんだ」
「……そうか、まあ座ってくれ。コーヒーをありがとう」
二人は応接用ソファに向かい合って座る。
「凄いオフィスだね」
「そうか?」
「立派なコーヒーメーカーもある」
「君のところのコーヒーが好きなんだ」
誓ってこれは本当だった。社のコーヒーメーカーは社員と来客用なのだ。あのチェーン店のコーヒー、今ではアーロンの淹れたそれが一番好きな飲み物だった。
アーロンの暫しの沈黙にジェリーはそわそわと視線をさ迷わせる。彼の無表情はグランマの圧力よりも恐ろしかった。
「どうしてうちのビルを買収したんだ?」
「なん、で」
ふ、と疲れたみたいにアーロンは笑って答える。
「オーナーが急に変わったら調べたくもなるだろ。確かに買ったのは不動産会社だったけどあんなちっぽけなビルを買うようなとこじゃない。そうしたら君のとこの傘下の会社じゃないか。あとはお得意様の君のとこの社員の噂話で確信したんだ。君が誰かのために買ったって」
ぐうの音もでなかった。あまりの恥ずかしさに押し黙っていると、何を勘違いしたのかアーロンは立ち上がってしまった。
「君がそんな私欲で動くなんて思いたくなくて……。いや、ごめん、僕なんかが立ち入って聞く事じゃなかった。忘れてくれ」
「待って、アーロン」
「君があんまり優しいから、その、友情かなにかが僕らの間にある気が、ーーごめん。勘違いだ。帰る」
「君に会えなくなるのが嫌でやったことなんだ」
踵を返そうとしていたアーロンの動きが止まる。しまった。
「……僕?」
怪訝そうな顔をしていたのがジェリーの顔を見るなりピンクに染まっていく。いったいどんな顔をしていたんだ?
その後の事はあまり覚えていない。アーロンは逃げるようにオフィスから去り、ジェリーは紙づまりを起こしたコピー機以下の置物となってジェニファー・バック秘書長の手により家へ強制送還された。そしてジャケットも脱ぐ事なくジャガード織りのふかふしたソファに埋まっている。革張りだったら窒息しているところだ。電話もメールも一切見たくなかった。しかし。
「旦那様!お客様ですよ!」
「ぅう……」
「ハンサムな男の方!」
がばっ。音を立てて起き上がる。ジェリーはモニターの前で仁王立ちしているハウスメイドのダニエラの元に駆けつけた。画面に映って所在無さげにしているのは間違えようもなくアーロンだった。
「なんで……」
「追い返します?」
「いや、今日は表から帰っていいから彼を中に案内してくれますか」
「お安い御用。では今日は帰りますね」
「ああ、いつもありがとう」
そう言って大きな尻を揺らしながらダニエラは出て行った。力が抜けてジェリーは思わずその場に座り込んだ。どうせジェニファーの差し金だろうが、なぜ彼はそれに乗ったんだ?どんな顔をして会えば?産まれて初めてと言っていい危機的状況に思わずジェリーは顔を覆った。
ジェリーCEO×アーロンカフェ店長の話。
−−−−−−−−−−−−−−
「ジェニファー、ティムはどうした?」
「車に凍ったリスがぶつかったから遅刻するって」
「はぁ?」
「冗談、子供さんが病気だから病院寄ってから出勤でジュリアは産休、ジョーイは用事で社外に。だから新入りくんを使って。いい子よ?ロバート!こっちに」
Bloody hell, そうよろしくない言葉で小さく悪態をつくとジェリーはにこやかに振り向くと目を輝かせた新人と握手をした。
「よろしくな、ロバート」
「はい!社長、よろしくお願いします!」
緊張感しているのか興奮しているのか妙に元気いっぱいな様子にジェリーは苦笑する。
「社長、コーヒーをどうぞ!」
「ああ、ありがとう」
一口飲んで吹き出しそうになった。砂糖はおそらく3つで甘すぎ、牛乳はノンファットで味気がない。ジェリーが好むのはエクストラショット、低脂肪ミルクのカプチーノだ。しかも隣のチェーン店のやつだ。
「ロバート、ジェニファーと今日の予定を再確認しててくれ」
「あ、ハイ!」
もうやったんだけどな、ロバートはそういう顔をしているが無視して急いでエレベーターに乗った。早くいつものコーヒーが飲みたい。一口飲んだだけのコーヒーはすれ違いざまの誰かに押し付けた。
社の隣にあるコーヒーショップに何年かぶりに入ると、レジにいる店員に目を惹かれた。いや、正確に言うと目を奪われた。そこだけ雲が割れ天上の光が差し込んだかのように輝いていたのだ。その麗しの君はジェリーに微笑みかけ、柔らかな声で言った。
「いらっしゃいませ」
教会のカリヨンが祝福の音を響かせたようだった。ジェリーはあまりの衝撃でふらつきながら彼のレジへと吸い寄せられた。
「あー……、ええっと、グランデでショット追加のカプチーノ、2%ミルクで」
「ありがとうございます、お名前は?」
「ジェリーだ」
「OK、ジェリー。4.55ドルです」
「ああ、カードで」
「こちらに」
そう差し出された機械に差し込むべくカードケースから一枚抜き出す。
「わ」
「 何か?」
天使のような愛らしく小さい声を漏らした彼、ーー名札によればアーロン(なんと美しい名前!)ーーに尋ねると、彼は恥ずかしそうに笑って言う。
「いえ、あの、ブラックカードを見るのは初めてで……。すみません」
そう非礼を詫びると、アーロンは頬を少し染めはにかんだ。
かわいい。はちゃめちゃにかわいい。
自分と同年代の男に抱く感情ではないような気もするが、とにかくアーロンは少なくともジェリーの目にはかわいらしく映った。いや、かわいくないと言う人間がいたら世界で数本の指に入る優秀な脳外科医を紹介するところだ。コーヒーの紙カップに書かれた自分の名前とスマイルマークに踊りださんばかりにジェラルドは浮かれて店を後にした。人生で一番美味しいコーヒーだった。
「ジェリー!」
「どうした、ジェニファー」
「緊急、カード会社から。不正使用の可能性だって」
「何?ありがとう」
形のよい眉を顰めた秘書長から電話を受け取る。
「バトラーだ」
「いつもお世話になっております、担当のキース・ウィリアムズです。早速ですがお客様のカードからここ数日少額のお取引が見られまして、緊急にカードを停止しております。何か心当たりはございますか?」
少額の取引。しばらく考え込んだジェリーだったが、手元のコーヒーを見て気がついた。
「金額は全部4.55ドルか?」
「そうです」
「ああ、なら全て私が使ったものだ」
「佐用ですか、了解いたしました。ではカードのご利用の再開でよろしいでしょうか」
「頼むよ。迷惑をかけたね」
「いえとんでもございません。少々手続きにお時間いただきますが、早急にご利用を再開させていただきます」
「ありがとう、では失礼」
「お時間いただきありがとうございました。失礼いたします」
電話を切ってジェリーは思わず目を覆って笑いだしてしまった。その様子を見てジェニファーは訝しげに尋ねた。
「なんだったの?」
「いや、ここ最近コーヒーを自分で買ってただろ?それが安すぎてカードを止められた」
はは、と思わず声を上げて笑うジェリーに彼女は呆れた顔をした。
「まさかブラックカードで買ってたの?信じられない!」
「小銭が無くて」
「じゃ、次は秘書に買わせるかプリペイドカードを買うのね。あなたみたいなおかしな人間のために450ドルぐらいの特別なカードがあるはず」
言外に馬鹿ね、と込めてジェニファーが言う。苦笑してみせるが、彼女のそういうところが気に入っている。
「じゃあ今日のディナーで店に行って買うよ」
「あきれた、誰目当てなんだか。まあいいけど。20時のフライトには絶対に間に合うようにね!」
「OK」
そんなことをやり取りしていると、ジェリーのオーデマ・ピゲ ロイヤルオーク クロノグラフが18時36分を告げた。飛び出すようにしてアーロンのいるコーヒーショップに向かう。彼のタイムシフトはほぼ完璧に記憶している。さっきのカードの話をしたらきっとアーロンはおかしがってくれるに違いない。
「やあ」
「いらっしゃいませ。いつもの?」
「うん、それとおすすめのサンドイッチを頼むよ」
「じゃあ始まったばっかりのこれを食べてみて。美味しいよ!ここで食べる?持ち帰り?」
「ここで」
今朝ぶりに会うが夜もアーロンはかわいい。君と一緒にそのホリデーチキンサンドでデートしたいと言うのを抑えただけで褒められてもいいと思う。
「そうだ、プリペイドカード?を買いたいんだが……実はカードを止められてて」
え、といった顔をするアーロンにキスをしたい衝動を押し殺しジェリーはクールに笑ってみせて言う。
「毎日数ドルずつ引かれていくから不審に思ったらしい。ここで買い物をしただけなのにね」
そう言ってチャーミングだと評判の下手くそなウィンクをしてみせる。
「本当に?ジョークみたいだ」
思ったとおりアーロンはクスクス笑ってくれた。それから思い出したように言う。
「そうだ、うちにもブラックカードがあるんだよ。それにする?」
珍しいんだ、限定でね。そう言ってカリフォルニアの太陽みたいに笑うアーロンに、ジェリーが嫌と言う筈も無かった。目的とは違うものだが、彼のためなら何枚でもカードを止められても構わなかった。
「そうだ、このカードは海外でも使える?これから中国に出張で」
アーロンの柔らかそうな金の砂色をした髪と同じ色の眉がへにゃりと下がる。彼にそんな顔をさせたい筈も無く、ジェリーは慌ててしまう。
「ごめんね、アメリカとカナダだけなんだ。あとは現地で別にカードを買ってもらうしかなくて」
「全然構わない、君が謝らなくていい……じゃあこのカードは君にだけ使うよ」
本心からの言葉だったが、アーロンはジョークだと思ったのか吹き出してしまった。しかしそれで彼に笑顔が戻ったので全く構わなかった。温まったサンドイッチとコーヒーを差し出してアーロンが微笑む。
「ごゆっくりどうぞ」
この笑顔を守るためなら何でもする、そうサンドイッチと共に噛み締めるジェリーであった。
そんな日が続いたある日、よくない噂がジェリーの耳に入った。
「隣のビル、いよいよヤバいらしいですよ」
「何だって?」
「どうも立ち行かなくって閉めるかも知れないそうです」
そんな、ジェリーは愕然とした。隣のビルが閉まるということはアーロンのコーヒーショップも出ていかざるを得ないということで、もう彼に会えなくなるかもしれないのだ。由々しき事態だった。
「ティム、あのビルを買うぞ。向こうの言い値で構わない。今すぐアポを取ってきてくれ」
「へ?あ、分かりました」
汲々としていたらしい隣のビルのオーナーは一も二もなく承諾し、その日の内にジェリーはアーロンの店の大家となった。突然の買収に社内では社長がいくつかある店の中でどの店員目当てなのか賭けが行われている様だったが、どうでも良かった。
その翌週、ジェリーの最も苦手とする相手との会議を済ませ這々の体で社長室に戻り、気晴らしのコーヒーをロバートが持ってきた。いや、正確に言うとロバートでなかったし、社員でもなかった。コーヒーもいつものでなく、ジノリのカップに入っているミーレのコーヒーだった。
「アーロン!どうして?」
いつも涼やかな美しい眼を気まずそうに外に向けアーロンは言う。
「君に聞きたいことがあって、無理言って入れて貰ったんだ」
「……そうか、まあ座ってくれ。コーヒーをありがとう」
二人は応接用ソファに向かい合って座る。
「凄いオフィスだね」
「そうか?」
「立派なコーヒーメーカーもある」
「君のところのコーヒーが好きなんだ」
誓ってこれは本当だった。社のコーヒーメーカーは社員と来客用なのだ。あのチェーン店のコーヒー、今ではアーロンの淹れたそれが一番好きな飲み物だった。
アーロンの暫しの沈黙にジェリーはそわそわと視線をさ迷わせる。彼の無表情はグランマの圧力よりも恐ろしかった。
「どうしてうちのビルを買収したんだ?」
「なん、で」
ふ、と疲れたみたいにアーロンは笑って答える。
「オーナーが急に変わったら調べたくもなるだろ。確かに買ったのは不動産会社だったけどあんなちっぽけなビルを買うようなとこじゃない。そうしたら君のとこの傘下の会社じゃないか。あとはお得意様の君のとこの社員の噂話で確信したんだ。君が誰かのために買ったって」
ぐうの音もでなかった。あまりの恥ずかしさに押し黙っていると、何を勘違いしたのかアーロンは立ち上がってしまった。
「君がそんな私欲で動くなんて思いたくなくて……。いや、ごめん、僕なんかが立ち入って聞く事じゃなかった。忘れてくれ」
「待って、アーロン」
「君があんまり優しいから、その、友情かなにかが僕らの間にある気が、ーーごめん。勘違いだ。帰る」
「君に会えなくなるのが嫌でやったことなんだ」
踵を返そうとしていたアーロンの動きが止まる。しまった。
「……僕?」
怪訝そうな顔をしていたのがジェリーの顔を見るなりピンクに染まっていく。いったいどんな顔をしていたんだ?
その後の事はあまり覚えていない。アーロンは逃げるようにオフィスから去り、ジェリーは紙づまりを起こしたコピー機以下の置物となってジェニファー・バック秘書長の手により家へ強制送還された。そしてジャケットも脱ぐ事なくジャガード織りのふかふしたソファに埋まっている。革張りだったら窒息しているところだ。電話もメールも一切見たくなかった。しかし。
「旦那様!お客様ですよ!」
「ぅう……」
「ハンサムな男の方!」
がばっ。音を立てて起き上がる。ジェリーはモニターの前で仁王立ちしているハウスメイドのダニエラの元に駆けつけた。画面に映って所在無さげにしているのは間違えようもなくアーロンだった。
「なんで……」
「追い返します?」
「いや、今日は表から帰っていいから彼を中に案内してくれますか」
「お安い御用。では今日は帰りますね」
「ああ、いつもありがとう」
そう言って大きな尻を揺らしながらダニエラは出て行った。力が抜けてジェリーは思わずその場に座り込んだ。どうせジェニファーの差し金だろうが、なぜ彼はそれに乗ったんだ?どんな顔をして会えば?産まれて初めてと言っていい危機的状況に思わずジェリーは顔を覆った。
この記事にコメントする
カレンダー
| 11 | 2025/12 | 01 |
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 | 31 |
カテゴリー
フリーエリア
最新記事
(09/17)
(09/17)
(08/01)
(06/17)
(12/31)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
ヤスチカ・カッター
性別:
非公開
ブログ内検索
最古記事
(01/18)
(01/18)
(01/18)
(01/18)
(01/18)
P R
